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翔子と呼ばれた女性は風になびく髪を耳にかきあげながら、ゆっくりと振り返る。
茶色く染められた髪を肩に着く位まで伸ばし、黒いワンピースの上にカーキ色のジャケットを羽織っている。
左右の目は大きく、その瞳からは強い意志を感じさせた。
「あっ、すみません。人違いでした」
三秒ほどの間があったが、結城は頭を下げて謝ると女性の横に並んで桜を眺めた。
「この桜綺麗ですよね。ここは俺にとって思い出の場所なんです。ある人と約束を交わした大切な……。って失礼。こんな話、いきなりされても困りますよね?」
「いいえ、ぜひ続きを聞かせてください」
結城は大きな瞳が隠れるほど目を細めて優しく微笑む彼女にどこか懐かしさを感じ、以前に会ったことがあるのではないかという気がしてならなかった。
「俺には五年間付き合ってた恋人が居たんです。毎年春になると、いつもこの桜を眺めに来ていました。二人ともここがお気に入りで……。
そして昨年、この場所で俺は彼女にやっとの想いでプロポーズしたんですよ。返事はイエスでこれから幸せな毎日が待っていると信じていたのに……。
彼女はその翌日、何者かに殺されてしまった」
そう呟いた瞬間、春の風物詩とも言える強い南風が吹き、桜の花びらが綺麗に舞った。
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