三、不可能避

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……ああ、そうなのか。 そうしていくんだな。 これから。エリシアと向き合うにあたってお前は。 俺を信じると決めた以上は一切疑念を挟まず。 何事もなかったみたいに。 ありのまま……過ごしていく。 「ま。……そういう事で。悪いけど、私は作業場にこもるから! ご飯適当に作ってドアの前に置いといてねーたつっちん」 あだ名に戻して好き勝手命令する藍。 「作業ってな、アレか? エリシアに着せる服作りか」 「もち!」 ころころと感情が動く。こっちも乱されっぱなしである。ペース。 情緒不安定な直情型。 「ご飯はお肉がいいな」 「作るとは言ってねえが」 「ああ゛?」 「ハンバーグセットお一つでよろしいですか」 「サイズは一番おっきいので!」 基本、はた迷惑な奴なんだわ。 了解の返事も聞かず駆け出し、藍は室内に埃を舞わせて去っていく。 残された俺は、諦めが篭った息を吐いて、敷かれた布団に腰を下ろす。 緩慢な動作で。 右の手のひらで目を覆った。 ―――早々に、誤算が重なる。 藍が言ったような完璧な隠蔽こそ不可能でも、もっと、上手くやるつもりだった。 エリシアの異常を最低限の一部分のみ曝し、それでいて必要以上に探られないように、そうする価値はあの少女に無いのだと藍が思い込めるように、会話を運んで時間をかけてでも平穏無事に馴染ませる予定だったんだ。 だが藍の洞察。迅速過ぎる行動。 一番デカイ想定外は、エリシアの怪物性をいまだもって正しく把握できてなかったって点だ。 アイツは化け物だ。 人が敵わぬ存在だからこその……怪物だ。 フィジカル一つ取ってもそう。向き合い方を違えてはならない。 そしてとある懸念が深まる。 ――マドルカス・メナス。土着の吸血鬼。 昨晩こそ、エリシアを前に戦わずして敗走した。 だが腕力。そこだけで語るのなら…………藍よりも。エリシアよりも。 アイツは。それこそ比較にならない程に――――圧倒的、だったのだから。 俺は身をもってそれを体験してしまっていた。 「課題は……多いな」 低く独りごちた。 同時にドアが開く。
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