三、不可能避

23/30

117人が本棚に入れています
本棚に追加
/44ページ
さて材料は冷蔵庫に揃ってる。ハンバーグは、比良井家じゃわりと定番だ。 ボウルに諸々投げ込む。 玉ねぎは切ったやつをパックしてある。肉は冷蔵室にあったから解凍する手間は要らない。 調味料は量らない。繋ぎはさっきのトーストの余りでいいもうどうでもいい。 半ばヤケで肉を練っていると横合いから声がかかる。 「手慣れてるのね」 「これだけはな。他のメニューとなりゃ別だ」 「料、理? を、してる場面に初めて出くわしたわ」 「セレブが……」 エリシアに見学されつつ、しばし無言で肉をこねる。 冬場は寒くて使われない台所の食卓。エリシアはそのイスを一つ引いて座り、背もたれにしなだれかかっている。 「…………」 "その"イスを引いたのは、……偶然に違いない。 一番手近に有っただけ。ほんの少し脚の短いそれが他より座りやすそうだっただけ。 この吸血鬼が知るよしなど無いのだ。 それがかつて誰のために有った物なのか、なんて事。 (――似てるね。あの子に) 先程耳をかすめた、藍の独り言。 否定はするまい。 認めてやろう。見ない振りの悪あがきも限界だ。 長く艶やかな髪。 抜けるような肌。 余裕を讃える唇。 揺らぐ事を知らない瞳。 到底、同じではない。相違点の方が間違いなく多い位だ。それでも。 目を閉じれば欠片も色あせず思い起こせる、アイツの姿が。心が。在り様が。 エリシアに重なる。
/44ページ

最初のコメントを投稿しよう!

117人が本棚に入れています
本棚に追加