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私は、なぜか上京したての男子大学生で、線路添いにあるボロいアパート住まいでした。
いわゆる、昭和の苦学生です。
最寄り駅の正面には、古びたというか寂れたというか、年季を感じさせる商店街があって、一本のメインストリートを主根としてそこからヒゲ根のように細い路地が多々ある複雑な商店街でした。
大学は近かったので電車は使わずに、そこを歩いていつも通学していたのですが、その商店街の入り口付近にボロッボロの骨董品店があったのです。
その店先にはいつも店主らしき老人が立っていて、私がその前を通るときいつもジーっと食い入るような目で追ってくる、気持ちの悪い老人でした。
その風貌も不気味で、ボサボサのハゲ白髪頭で、目の周りはぼこっと凹んで瞼は垂れ下がり、髭も白髪で3~4ミリ程度伸ばした状態。
でも服装はベージュの工事現場の作業服みたいなのを着て、わりと小綺麗な感じでした。
いつも嫌だなと思いつつも気にしないように努めながら素通りしていたのです。
しかしある日、大学から帰る途中。商店街中腹にある大きな古い家の前にさしかかった時です。
その家のおばさんがリアカーのような車輪付きの大きな箱で、何に使うのか泥を大量に作っていたのです。
おばさんが泥をかき混ぜるたびに水をこぼすので、道はもうぐちゃぐちゃ。
恐らくまだコンクリートで舗装するのが当たり前ではない時代なので、道も土が緩んでほぼ泥です。
私は水を跳ねないようにそーっと歩きだしました。
なるべく水溜まりの浅いところを歩かなきゃ……と私が足元に集中して歩いていたその時。
おばさんの「あ~!」っていう叫びと共に大きな箱は倒れ、勢い良くぶちまけられた泥が私に大当たり。
ゆるめの泥でぐっしょり濡れて、私は放心気味でした。
そしてなぜか第一声が、「参ったな……これじゃ銭湯いれてもらえないかもしれない……」でした。
ボロアパートには風呂が無かったので、銭湯通いだったのです。
私のつぶやきに気付いたおばさんが、「お風呂! 借りてってちょうだい!」と、ちょっと上ずった声で言いました。
きっと、罪滅ぼしができると安心したんでしょうよ。
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