異常な日常

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ゆっくりと植木の陰から足音が近づく。 『あの~』 『はい。あの、え~とですね。これは…』 『白凪さん!?』 彼女だった。 そう、さっき注意したばっかりの彼女。 モヤモヤ病の彼女。 『あーなんだ空野さんか。…びっくりした。』 ホッとした。 一番心の叫び広まりウイルスに無縁の彼女だったから。 なぜかと言ったら彼女に職場では友達がいない。 喋る相手がいないのだから。 『す、すいません。声が…聞こえちゃって。』 『あのー。全部聞いてたんだよね』 『あー。…はい。』 『このことさ、みんなには黙っててもらえるかな。…分かるよね』 『黙ってるんですか。え~っと。………。メモしてもいいですか』 メモはまずい。 仕事でメモを見返すときに他の職員に見られる可能性がある。 『これはさ仕事じゃないからさ。メモはしなくていいと思うんだ。』 『でも、メモしないとわすれちゃいそうだし』 さっき言ったことだったら… 忘れてしまえるのなら是非忘れてしまってほしいものだ。 『ほら、プライベート用の手帳に…』 …よくよく考えてみると、仕事場で言わないようにしなきゃいけないのに仕事場で読み返さなきゃ意味がない。プライベート用に書いたら仕事場では読み返さない。 『あ~…。なんでもない。ん~とだな』 ピピピ、ピピピ、ピピピ。 そこでアラーム音がなった。 『休憩時間終わりみたいです』 彼女のだった。 あ~そういえば。よく遅刻する彼女にアラーム付きの時計を勧めたのは自分だった。 『とにかく、今日はお願いだから言わないで。頼む』 『…あー。はい。…分かりました』 面倒だ。人に話す何倍も噛み砕いて話さないと理解してくれない。自分ができた人間でもないのにまるで小学校の先生だ、と春徒はつくづく思うのであった。 午後からの彼女はそれはそれは酷かった。 頭の中に春徒がさっき言った約束を忘れないで保持し続けなければいけないのだ。 仕事どころではなかった。 入居者のご飯茶碗は割る、トイレに誘導した入居者を忘れてそのまま30分放置する。極めつけは山本さんのオムツ。今までで一番酷かった。
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