【一章】

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「クーちゃんは何で参加しないの?」  闘技大会は確かに自分の腕を確かめ、民衆に示す良き場である。  隊長クラスから一介の兵士も参加出来る無差別な闘い。 フリンも一度は参加したが、思い出したくないことがあり、それ以後、参加しなくなっていた。 「気にしてるの?」 「何を?」 「クーちゃんの魔法は類い希な魔法。だから、クーちゃん自身が把握することも出来ない威力を持ってしまうことだってあるんじゃない?」  五年前のこの日、闘技大会に参加したフリンは闘いの最中、女体化してしまった。 相手は神王の息子にして長男だったアレス。 甲冑の重さに耐えられなかったフリンは座り込むことしか出来なかった。 それを好機としたアレスが向かって来て、一閃、アクスを振り下ろしたのだった。 しかし、それを間一髪でかわしたフリンは素早く詠唱をし、『月昊魔法(げっくうまほう)』『龍聖』を放ってしまった。 『龍聖』とは一時的に闇夜にし、光輝く小さな星を降らせる技。 ただ、その小さな星も天空では小さくても地上規模ではかなりの大きさになり、ましてや大気圏を通る際に炎を纏う。 女体化に慣れていないフリンは力加減を知らなかった。 闘技場のステージを破壊し尽くした挙げ句、アレスを消してしまったのだ。 闘技大会では、殺しは御法度。 相手に参ったと言わせるか、気絶させたら勝利になる。 しかし、フリンはアレスを跡形もなく消してしまった。 神王の見守る中の出来事。 フリンはその場で崩れ落ちた。 闇夜から覚めた闘技場に差し込む光と、無数に開いた穴が目の前で広がっている。 静まり返る民衆に呆然とするフリン。 不慮の事故と扱わられ、神王からは何も言われなかった。 しかし、その出来事以来、フリンは闘技大会に出ることはなくなってしまったのだ。 「あれは事故だよ、クーちゃん。仕方ないんだ」 「……わかってる」 「メイド服ね?」 「嫌だ」 「もう、予約したもん」  エロスを見ると恥ずかしそうにもじもじする、いや、むしろワクワクしているようにしか見えなかった。 慰めているのか傷をつついているのかわからないような真似をするエロス。 呆れてため息を吐きながら、見えてきた闘技場を眺める。 それだけであの日のことを思い出してしまった。 頭を左右に振り、意識しかけるのをやめる。 そして、闘技場のパスを貰うと中へ入って行った。
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