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「今日は、見送りに行けませんが、体に気をつけてください。母の事は、大丈夫です。心配はいりません。」
と書いてあった。
それに、もう一通、封筒が。
しわくちゃの千円札が、10枚入っていた。
どうしたんだろう、こんな大金。
うちには、そんな余分なお金などないはずなのに・・・。
その中には、また、手紙が入っている。
「少ないですが、困ったら使ってください」
と、母の字で書いてある。
父に見つからないよう、一枚づつ隠していたのであろう、息子の旅立ちの日の為に。
母さん、ありがとう。
でも、使えそうにはない・・・。
そんな母の心を想うと、逃げ出した己の身が、むしょうに、憎らしかった。
それから、6年後、
母は死んだ。
ミイラのように、ガリガリであった。
母の人生とは、なんだったのであろうか。
朝から夜まで働き、
父に殴られ蹴られ、
食べるものもロクにない。
母の楽しみや幸せは、あったのであろうか。
苦労や苦痛のみの人生では、なかったのであろうか。
僕は、そう考えると、涙が止まらなかった。
あの時のしわくちゃの千円は使わずに、手元にある。
しわくちゃの千円札を、じっと見つめる。
たかが、千円札。
されど、この千円札には、母の血と汗と涙が、染み込んでいるのであろう。
しわくちゃの千円札を、じっと見つめる。
この何枚かがあれば、母も多少の幸せが、買えたのかもしれない。
しわくちゃの千円札を、じっと見つめる。
苦労に満ちた、母の姿が、目に浮かんでくる。
しわくちゃの千円札を、じっと見つめる。
ボロボロになりながら、僕に見せた笑顔が、忘れられない。
しわくちゃの千円札を、じっと見つめる。
そんなボロボロの状態でも、優しかった母の姿が・・・
今でも、僕の心の中では生きている。
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