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「タナトス君、松山の症状については書類に書いてあっただろう?」
「ええ。書類の裏に、記憶障害あり、と。」
「かなり認知症が進んでいるものと思われますが…」
とギグルも言った。
「正確には、認知症ではなく、外傷性健忘症だ。あー、つまり交通事故がきっかけで脳がダメージを受けてね…いちいち書くのが面倒だから記憶障害と書いておいた。」
死亡する人間に関する報告書は詳細で正確なものを求めるのに、上層部が作成したこのいい加減な書類は何なのだ、と思ったが、私は黙っていた。
「松山は、家族や親戚の顔を見分けることもできない状態にある。」
私は同じ言葉を繰り返したり、看護士の名前を間違えるといった松山の言動を説明した。
「そもそも、タナトスと俺に似た息子の顔を見間違えるくらい、症状が重いんだろ?」
トッドが私の顔を見つめた。
20代の青年の姿をした私と、30代の会社員の姿をしたトッドは、似ても似つかない。
「で、どうするの?トッド君。やるのかね?」
上司は腕を組んで返事を待っている。
その横で、ギグルとキースが落ち着かない様子で事態を見守っていた。
トッドは少し悩んだ素振りを見せている。
決心が揺らぐ前に先手を打つ必要があると感じた私は、そこである言葉をトッドの耳元で囁いた。
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