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「孝三さん、食事の味はどうでしたか?」
ちょうど昼食の時間が終わったのか、ワゴンに食器を戻すカチャカチャという音が聞こえる。
看護士の問いに、「あー、食事はまだかなぁ?」と答える男性の声が聞こえた。
「孝三さん、食事は今終わりましたよ。今度の食事は夕方です。」
看護士の言葉に、男性は「食事はまだかな?」という問いを繰り返すだけだった。
松山孝三に関する資料にもう一度目を通す。資料を裏返すと
「記憶障害あり」という走り書きが見つかった。
「認知症ですかね?」
ギグルが資料をのぞきこんだ時、病室のドアが開き、カートをひいた看護士が出てきた。看護士は私の前を素通りすると、職員用のエレベーターに乗って下の階へ降りる。
「特に留意することでもないから、メモ程度ですましたんだろう。」
私は閉められたドアから病室に入った。
病室は個室になっており、テレビや小机など、入院生活を送るのに必要最低限のものだけが置いてある。
開けられた窓からはそよ風が吹き込み、白いレースカーテンがはためいていた。
小机の横にあるベットには、寝巻を着た松山孝三が横たわっている。
窓の外の景色をぼんやりと眺めながら、「食事はまだかな」という言葉を繰り返していた。
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