通常任務

4/7
前へ
/61ページ
次へ
窓の外を眺めながら「食事はまだか、まだか」と呟いていた松山は、ふと振り返って病室のドアを見つめると、突然 「ん…俊彦…俊彦じゃないか!」と叫んで体を起こした。 「俊彦…いきなり来るからびっくりしたぞ。」 松山はベットのわきに立てかけた杖を持ち、立ち上がろうとする。 「さあ来なさい。最愛の息子が来たんだ。いろいろ話をしよう。」 最初は松山が認知症の症状で幻覚を見ているのかと思ったが、どうやらそうではないらしい。 「この老人には、うっすらとあなたの姿が見えているようですね。」とギグルが告げた。 病気や老衰、そして自殺で死ぬ人間は死を強く意識しているため、たまに死神の姿が見えることがあるという話を以前聞いた。 人間が言う、「死の予感」とはこのことをさすのだろう。死期を目前にして、私たちの気配を敏感に察知しているのだ。 「俊彦、久しぶりだなぁ。」 杖をついた松山の姿勢は、ふらふらとして危なっかしい。 しかし、その顔には朗らかな笑みが浮かんでいた。 「私は俊彦ではない。田辺敏郎だ。」 松山に私の声が聞こえるかどうかは分からなかったが、私は日本で使う偽名を松山に告げた。 「俊彦では…ない…?」 松山はポカンとした表情で、私の足下あたりを見た。
/61ページ

最初のコメントを投稿しよう!

197人が本棚に入れています
本棚に追加