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「ああ…俊彦じゃないんか…。田中俊彦さんというんかい?」
はっきりとではないが、部分的に私の声が聞こえたらしく、松山は私に尋ねてきた。
松山が聞き違えた偽名をいちいち訂正するのも面倒なので、私は「そう。田中俊彦だ。」と返答した。
「息子ではないんかぁ。残念だなあ。」
松山は深い溜め息をついて杖を壁に立てかけ、ベットに座る。
私の姿を見た人間は、どういうわけか私を別人と勘違いすることが多い。
ある時は自殺志願者と勘違いされ、ある時は恋人と勘違いされた。今度は、息子だ。
「田中さん…わしに何か用かい?」
「忘れてしまったんですか?あなたの知り合いですよ。」
松山の問いかけを無視することもできるが、死神には担当する人間が死ぬまでの経過を報告するという義務があるので、私は適当に松山の相手をすることにした。
「んー?田中なんて友人がいたかねぇ?」
松山が考え込んだ表情になる。
「わしの目が黒いうちに、もう一度俊彦に会いたいもんだなぁ…」
松山が病室の天井を見つめながら呟く。
「息子さんと会えないことは、心残りか?」
死期を間近に控えた人間にとって、思い残すことがあるかないかは重要な問題なので、私は真剣に尋ねた。
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