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「おい、あいつをここに連れてきてくれないか?」
人々が行き交う病院の入口で、私はギグルに頼んだ。
「タナトスさん、あなたまさか…」
ギグルは不安そうに私を見ている。
「そのまさかだ。試してみる価値はある。このままでは、松山は息子のことで未練を残すことになる。」
「タナトスさん、あなたは息子を松山に会わせたいというより、松山が未練を残して死んだあとの処理が面倒なだけなのではないですか?」
その通りだった。私は一つの仕事に無駄な手間をかけたくない。
人間が未練を残して死ぬと、その浮かばれない意識が周囲に何かと悪い影響を及ぼすので、それを静めるのも私たちの仕事だ。
松山が未練を残して死ねば、それに対応するのは、当然松山を担当した私ということになる。
「危険な綱渡りですよ。やめたほうがいい。」
ギグルは頑固として反対した。
「松山は家族や看護士の名前や顔が判別できないほど認知症が進行している。問題はない。」
「とはいいましても…」
ギグルは否定的な姿勢を崩さなかった。
「何なら、上司にも聞けばいい。規則にも触れないはずだ。」
「分かりました。今、呼んできますよ。」
ギグルは納得がいかないようだったが、私の肩を離れて大空へと舞い上がり、姿が見えなくなった。
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