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僕の言葉を最後に暫しの沈黙が降りた。
僕はその時間を女の顔を眺めた。凛としたその顔はやはり淫美で、恐ろしささえ覚える。
そんな女の瞳は桜に向けられていた。桜の花弁を一枚一枚数えているように見え、時折その表情には笑みを浮かばせた。本当に桜を愛でている。凛とした女を少し、可愛らしげに感じた。
この時の僕は沈黙もさながら、時間の流れ、全てが遅延に感じていた。しかし、決して嫌なものに僕は感じない。
内心ではこんな自分に驚いてもいた。こんなにも心穏やかな時間を過ごしたのは久しく感じる。
「そうだ、女。僕と君は一時の友人関係になったのだ。何時までも女や君では何だろう」
突如として僕の声に沈黙が破かれたからなのか、女は呆気とした表情を見せていた。勿論、僕の思い付きで出た言葉なのだから、女を驚かせるつもりなど毛頭に無かった。ただ、僕にも不意を突かれた女の呆気顔。つい息を吹き出しかける。
「僕の名はハナだ。女の名と言われるが、僕の母が付けてくれた名だ。僕はこの名を気に入っている。
では、君の名を聞きたい」
「……私の名。孤独な蝶、孤蝶(コチョウ)と言う。
ただ、私は名に縛られる事はない。この名も最近呼ばれた記憶がないのだ。だから主の好きに呼んでいい」
女は淡々とした口調で述べ、また桜へと顔を向けた。
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