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寛斗のマンションから、中古で買った一軒家へ、引っ越しをした。
妊娠初期の私を気遣うように、寛斗は力仕事を懸命にする。
小さな縁側で夕日を眺めているときだった。
寛斗がそっと隣へ座って、私の肩を抱いた。
「なぁ……まだ、幸せは怖いか…?」
「……どうかな。寛斗を信じている分、もっと怖いものになったかも。」
「ははっ。マジかよ…」
「………」
「俺、全力で、梓を幸せにするから。不幸せなんか感じないぐらい、毎日笑わせてやるよ。」
「寛斗。そんなこと、軽々しく言っていいの?」
「軽々しくなんかねぇよ。」
「男はみんな…そう思うのは最初だけ。」
「そんなことないって……俺が証明するよ。」
「ふふん。やってみなさいよ。」
「おお、やってやるさ。」
抱かれた肩と、下腹が少し熱く感じた。
あぁ命が、この体の中にいるんだと感じた瞬間だった。
「梓…」
寛斗が、右のポケットから何か出した。
私の左手を自分の膝の上に乗せて、その小さなものを薬指に器用にはめ込んだ。
結婚指輪だった。
細い銀色のリング。
寛斗は黙ったまま、もう一度ポケットに手を入れて、今度は私の手のひらに、もうひとつのリングを置いた。
寛斗が微笑むと、「俺にもはめて。」と言った。
そっと左の手をとり、ぎこちなく不器用に、私は薬指に指輪をはめる。
すると、魔法にかかったように、寛斗の左腕が上がり、ゆっくり、震えながら、私に指輪を見せ、また笑った。
「俺が、いつもお前のこと、敏感に感じててやるから…。安心して、人のこと心配してろよ。」
「ぷっ…なにそれっ…。」
寛斗らしい言い回しだったけど、それだけで、一生分の幸せを得た気がした。
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