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「はじめまして。
一色三依です」
「みよりちゃん可愛いでしょー。
アタシの女よ、ア・タ・シ・の」
帰宅途中に掛かって来た電話で、直が晩御飯は焼肉にしようと言うから一旦アパートにバイクを置いて、そのまま恭介と近くのスーパーで食材と飲み物を買って帰った。
恭介が先に玄関を開けて帰りを告げると、パタパタと軽やかな足音と共に「お帰りなさい、お邪魔してます」と、良く聞き知った直のとは違う、初めて聞く可愛らしい声が僕達を出迎える。
「直ー、お前どっからこんな可愛いの拉致って来たんだ?」
「ソコの河川敷に落ちてたー」
よろしく、と三依と名乗った女の子に軽く頭を下げて直に声をかけ、部屋へと上がる恭介に続いて玄関に入ると、その三依さんが僕の顔を見て急に「法学部の…」と呟いて目を丸くしている。
「そ、法学部の誉れ高き才媛よ」
「なーおー…」
そして恭介の脱ぎ捨てた靴が時間差で僕の足元でぽとりと音を立てて。
前にあった大きな背中が部屋へと消えると、入って直ぐ左側にあるキッチンから顔だけを覗かせていた直がそう言って、「びっくりしたでしょ」と含み笑いで三依さんと僕を交互に見ていた。
「そんなに怒る事無いじゃない。幸君の可愛い顔が台なしよ。
恭介、何買ってきたの?」
けれど才媛とは紛れも無く女性に使う為の言葉で、何度嫌だと言っても直はそれを僕をからかう為に良く口にする。
確かに僕は背もそんなに高く無いし、顔だって女の子には見えないけど決して男らしいとは言い難いし、性格だって周りと比べれば大人しい方に入るだろう。
でも、だからって女の子扱いされてからかわれてにこにこ笑っていられる程寛容でもなくって。
「良いじゃない、褒め言葉なんだし。
ね、法学部一の秀才で美人の幸也君」
「何か間違ってるよね…」
けどやっぱり強く言えない僕がせめてもの抵抗にいつもの様に直を軽く睨んで見せると、直は僕のソレをいつもの様に笑顔で軽く躱して、そして恭介の運んで来た買い物袋の中を確認するべく直ぐにまたキッチンへ引っ込んでしまった。
「あの…こんにちは」
「こん…にちは」
そうして玄関に取り残された僕と驚いて動作を止めてしまった侭の三依さん。
それでも小さな声で怖ず怖ずと挨拶してくれる彼女を改めて見ると、背の小さいおっとりとした印象のとてもとても可愛らしい人だった。
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