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一瞬、どきりとしたけれど。
逆に、いつ聞かれるんだろう、とも思っていたから返事はするりと口を即いた。
'それ'と顎で示されたのが'これ'。
さっき部屋を出る時に持ち去って来た小さな写真立て。
今は裏返しに膝の上に置いてある。
「迷ったんだけど…」
「ふぅん」
かたり。
意図はないのだろうけれど、こちらに向けられた視線にいたたまれなくなって、思わず箸を置いて深く俯いてしまった。
昨日までの自分と決別する為に部屋を出た筈なのに、こんな物を後生大事に抱えて。
それを言葉無くして咎められている様で。
未練がましい。
そんな情けのない言葉が頭の中をぐるぐるまわって、「音を立てたらまずいと思って」とか、「もう置いていたって無駄だと思って」とか、意味もなく無駄な言い訳が零れ出そうになる。
本当は只、捨てられ無かっただけの癖に。
俯いた侭視線を感じていると
胸の奥に押し込めていた、黙って出て来た事への後ろめたさだとか、これから僕はどうなるんだろうっていう不安とかが不意に蘇って来て、堪えてきた涙がつい溢れてしまいそうになってぎゅっと唇を噛んだ。
気になんかしてない、ちょっと元気がないだけ。
そんな振りをして、明るく振る舞っていた。
本当は罪悪感と不安で一杯の癖に。
「自分で分かってないんだろうけどさ、お前ずっとそれ触って泣きそうな顔してんのな。
我慢すんな、泣きたきゃ泣いとけ」
気遣ってくれる言葉と耳に滑り込む優しい声。
どんな表情でいるのだろう、と俯いた侭伺い見た恭介の眼差しが思いの外優しくて。
今だけ、一度だけなら甘えても許されるだろうかと僅かに心が緩んだ。
あぁ、駄目だ。
「…っ、ふ…ぅ…」
涙腺が決壊する。
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