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「嶋村!嶋村大樹!」
良い頃合いを見て教室に戻った僕が黒板に書いてある席順通りの席に着くと、教師とおぼしき若い女性が教室を入口から覗き込んで誰かを呼んでいた。
「誰か!嶋村大樹って子どこに居るか知らない?」
「嶋村は知ってるけど、どこにいるのかは知りませーん」
「知りませーん」
大きな声を出してはいるけれど、さほど慌てた様子のない女性に、教室の前方で固まって談笑していた数人の生徒が手を挙げて口々に答える。
「あなたたち嶋村君の友達?」
「はーい同中でーす!」
「じゃぁ悪いんだけど、後で職員室に来るように伝えて貰える?
定期、落とし物で届いてるからって」
「はーい!」
更に元気に手を挙げて返事をする彼等に、女性は「お願いね」と微笑みを残して教室を後にした、直後。
「はよ。幸也」
「三津木」
がたりと前の席の椅子が引かれて、上から降って来た声に目を向けると、同じ中学から来た三津木陽介がそこに立っていた。
「よかった、クラスに知ってる奴いて。
つか美人じゃね?さっきの。
教師かな?担任だったら良くね?」
「そうだね」
教室に入る時にすれ違ったのだと、引いた椅子を跨いで後ろ向きに座りながら三津木が目を輝かせて言う。
確かに、さっきの女性は綺麗だった。
緩くウェーブのかかったショートボブに、淡いクリーム色のスーツ。
年は若くて、全体的にふんわりした印象があって。
僕と違って色恋の話しが大好きな三津木。
頭の中ではどんな想像をしているのか知らないが、にやける顔は宜しく無いから人前では止めた方が良いと思う。
黙っていれば可愛いのに。
「なんだよリアクション薄いなー。
そっか、幸也は女に興味無いんだもんな」
「綺麗な人は好きだよ」
抑揚なく返事をしたから詰まらなさそうだとでも思われたのだろうか。
三津木が一人勝手に頷いて、不満たっぷりにくちびるを尖らせてそう言う。
「てか大樹ばかじゃねー」
「初日から定期落とすとかマジウケるー」
教室の喧騒のなか、耳についた一際大きな声に目を向けると、さっきのグループが教室の前方側の入口に向かって口々に野次を飛ばす姿が見えた。
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