序章

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 卯の刻(午前五時)。  人々が活動し始める刻、京の都は一変して賑やかさを取り戻す。されど、彼らが話す内容は専ら『鬼』のことである。 「いんやまあ、また出よったか……」 「恐ろしや、恐ろしや……」 「先の大火事といい、もう終わりかねぇ……」 「四神の加護を受けたこの京に、『鬼』が……」 「酷いもんじゃ」  昨晩の騒ぎを聞き付け、人々が羅城門に集まる。そこに残った『鬼』の所業の痕跡に対し、ある者は眉を寄せ、ある者は念仏を唱え、ある者は異様な光景を目に逃げ出した。またある者は式を飛ばす。 「末法の世じゃ……」  彼らの目の前には夥しい血の痕と、『人ならざるモノ』の大きな足跡があった。    ◆   ◆   ◆ 「また現れたか……」 「並の陰陽師では歯が立たぬとか──」 「やはり安倍家に……」  大内裏の一郭──陰陽道を司り、宮中行事の日時・方位や天変地異についての吉凶を行う陰陽寮でもまた、昨晩の『鬼』の話で持ちきりであった。 「安倍家の者でも太刀打ち出来なんだと聞く」 「安倍家が出来ぬことを我らにどう出来ようか……」  数人の陰陽師らが足を止め、ひそひそと小声で話す。  その時、明るい声色で誰かが入ってきた。 「まあ、安倍家も人間ということですよ」
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