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「あります。……けれど、それが開花するかは貴女次第。そればかりは、私にはどうすることも出来ません」
「もし……しなかったら?」
鶸は目を伏せた。それを見た薫は怖くなった。
──捨てられる。
用無しと切り捨てられ、ここを追い出される。冷たくあしらわれる。何処かで会っても、赤の他人の様に距離を置かれるだろう。
施設に戻れるか分からない。一度出た身だから。行く宛など薫には……ない。
「……追い出します」
(……やっぱり)
その一言が薫に突き刺さった。薫は俯き、唇を噛み締めた。涙が出るのを堪えた。
「記憶を隠蔽して、私と会ったことすら忘れて──」
鶸は薫の横を通り過ぎ、広間の出入口へと足を進めた。
「普通の人間としての暮らしを保証します」
鶸は一人、広間を出ていった。
「…………薫」
瑳狐は薫の顔を覗き込んだ。彼女の目に、涙が溜まっていた。
「鶸は期待しとるんや。絶対、薫はわいらと一緒に居てくれる。──せやなかったら、あん時鶸は薫の記憶隠蔽しとったで?」
よしよし、と瑳狐は薫の頭を撫でる。
「鶸はやること速いからなぁ」
それは薫も納得した。自分をたった半日で捜し当てたのだから。
「な、薫。やってみぃひん? 危険な目に遭うけど、今までの平和っちゅう日常から掛け離れるけど……それも──かなり」
「考える時間はあるぞ。鶸殿とは直接会えずとも、連絡は『何故か』必ず付くからの」
薫の足下にいた公猫は一部を強調した。
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