第一章

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 ──どうすれば良い。  今ならまだ引き返せる。鶸はその道を残してくれている。  鶸が薫を急いで捜し当てたのも、記憶隠蔽した際の空白期間を最小限に抑える為。矛盾を生じさせない為だと天天は言う。  平和な日常は欲しい。けれど、それで良いのだろうか。  鶸達は危険を省みず、『影』から人々を守っている。そんなこと、今まで知らなかった。当然だ。鶸達は隠れていたのだから。  だが薫は、今、知った。  知ってしまった。  逃げたい、死にたくない──そう思うのは当然かもしれない。それは鶸達だって一度は思ったことだろう。  それでも逃げずに戦っている。得体の知れぬ『影』から。彼女達の場合、義務かもしれない。それでも──。 『ノーブレス・オブリージュ』。  高い地位や権力を持つ者は、相応の社会的責任を負わなければならない。いつかの本で読んだ。  どんな力でも、使わなければ何の役にも立たない。権力であれ、知識であれ、技術であれ。  あるのだろうか。自分の中に。  鶸の言う力が。  神々の力を扱う力?  それで、お母さんや翔太達、美咲達を守ることが出来る?  あるなら、それは平凡な薫に唯一出来ること。  知られなくても良い。  自分を娘として愛してくれた母へ、姉と慕ってくれた弟妹達へ、親友へ、唯一の恩返し。  そして、自分の為にも──。  前に進もう。  逃げない。  鶸達と共に戦う。  後悔するかもしれない。  けれど、逃げたくない。  二度と──。  二度とお母さんの涙を見たくない。
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