第二章

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 周りの人々が聞こえない声を発している中、それだけが子供に聞こえた。 『……生きたいか』  声の主は再び問う。  だれ? 『生きたいのなら、願え』  ……いきたい。  まだあそびたい。  おかあさんと、おとうさんと、トモダチと……みんなと、あそびたい。 『願え……我に願え』  ──きみは……だれ? 『お前は我に、我はお前になる。名など不要』  声の主は再び生きたいか、と問う。  ──いきたい。 『よかろう……生きてみろ。我はお前に、お前は我になる』  生きろ……そして──。  やがて、一台のパトカーがいち早く駆け付け、警察官の手によって応急措置がなされた。  それから暫くして救急車も駆け付け、子供はそれに乗せられ病院へと運ばれる。  子供のことは病院に任せ、警察官が運転手の事情聴取を開始した。それを終えて道路の片付けに入ると、人々はそれぞれ散って行った。  後に残されたのは小さなボールと、一匹の黒い中型犬。その金の眼は、子供が運ばれて行った方向を見つめていた。  病院に運ばれ、子供は一命を取り止めた。普通なら死んでいたと医者は言う。しかし、それが子供の生命力なのだと、誰もが納得した。 『よかったね』  子供の友達が病院に駆け付けた。子供はその子に、ありがとう、と言った。  すると、その子が小指を差し出した。 『またあそぼうね』  子供は友達の小指に自分の小指を絡ませ、うん、と答えた。
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