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彼女は国道をまっすぐ南の方に向かって車を走らせた。
真っ直ぐに前を見つめながら運転している。
僕はぼんやりと窓の外の景色を眺めた。
特に変わったところのない、特徴のない風景が延々と続く。
見ていても仕方がないのだけれど、僕は何もすることがないのでじっとそうしていた。
「ねえ、音楽をかけてもいいかしら」
夏子が言った。
「構わないよ。危ないから僕が再生ボタンを押そう」
「そうしてくれるとありがたいわ」
夏子はそう言って、少し微笑んだ。
だけど視線はずっと前を向いたままで、僕の方を向くことはない。
僕はそんな夏子の横顔を見ながら、カーステレオの再生ボタンを押した。
CDを読み込んでいるのか、ステレオは少し奇妙な機械音を立てた。
しかし、その機械音もすぐにおさまり、正当な音がスピーカーから流れ出す。
ピアノ・ソロの曲だ。
それは僕も知っている曲だったけれど、曲の名前が思い出せない。
だけど、曲の名前を知っていようが知っていまいが、僕にとってたいした問題ではない。
それを知らないことが特別に僕を苦しめるわけでも何でもない。
要は、その曲が僕にとって心地の良いものであるか、そうでないのかということが重要なのだ。
そして、その曲は少なくとも今の僕にとって、不快なものではなかった。
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