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「夫はね、クラシックというものを全く理解しようとはしないのよ」 夏子は少し怒っているように言った。 相変わらず、視線は前の方に向けたままだ。 「まあ、聴かない人にとって、クラシックというのは面白くも何ともないだろうからね」 「それはわかるのだけれど、彼にはそもそもクラシックを理解するという能力が欠けているように思われるのよ。彼にとってはロックだとかポップスだとかみたいに、歌詞がなければ音楽ではないのよ」 「歌詞がある音楽だって素敵だ」 僕は言った。 だけど、僕はほとんどクラシック以外の音楽は聴かない。 流行りのポップスやロックには全く興味がない。 たとえポップスやロックを聴くとしても、それは僕がまだ青春を謳歌していた頃に流行っていた曲ばかりだ。 「たしかに、歌詞がある曲というのも素敵なことくらいはわかってるわ。だけど、彼にとっての歌詞というのはそういうものではないのよ。彼は音楽を理解するために歌詞が必要なのよ。彼はその曲がどういうものを表しているのか、それが言葉になっていないと理解できないの。音楽そのものから、彼はそれを感じ取ることができないのよ」 「そういう人だっているさ」 僕は少し興奮気味の夏子をなだめるように言った。
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