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「今でも一つだけ不思議に思うことがあるの」
夏子は話を切り出した。
「何だい?」
「どうして私はあの時、あなたと別れなければならないと思ったのかということよ。確かに私はあなたと別れるべきという、もう一人の私の声を聴いていたような気がするの。だけど、それも今となっては確信が持てないの。本当にそんな声が私の頭の中に響いていたのか、確信が持てないのよ」
「うん」
僕は相槌を打った。
「正直に言うと、私はあなたと別れてしまったことを今でも後悔しているの。取り返しのつかないことをしてしまったのだと思っているわ。結局、あの時あなたと別れたことで、私もあなたも傷つかなければならなかったわ」
「そうかもしれない」
僕は頷いた。
「私は結局、あなたと別れてからしばらくして今の夫と出会って、結婚したのよ。だけどそこには、あなたと一緒にいたときのような安心感はなくて、いつも不安定で、どうしようもなかった。私はそれでも『大丈夫、私は幸せなんだ』と自分に言いきかせてやってきたわ。だけどね、結局そんな嘘を吐き通すことはできないの。いつかは絶対にボロが出てしまう。それがたまたま今だっただけよ」
「それで?」
「それだけよ」
夏子はそう言って、少し笑った。
その笑顔は、とても寂しそうで、僕に何かを求めているように見えた。
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