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僕が音楽を止めようかどうかと悩んでいると、夏子が左手をハンドルから離し、音楽を止めてしまった。
「何だか落ち着かないの。聴いていたのならごめんなさい」
夏子は言った。
「構わないよ。僕も何となく落ち着かないと思っていたところなんだ」
僕は言った。
おそらく、彼女も深く混乱しているのだ。
彼女の中のいろんなものが混乱してしまって、全体がフリーズしてしまっているのだ。
「ねえ、あなたは今日中に帰ってしまうの?」
夏子が言った。
僕は首を横に振った。
「今日は帰らない。会社は一週間ほど休暇をとってきたし、ホテルも予約してある。今日はこちらに泊まって、明日は実家の方に顔を出してみようと思っているんだ」
「実家?」
「ああ、もうずいぶん長い間、帰っていないからね。たぶん、三年くらいだ。母親がたまには帰って来いとうるさいんだよ」
「そうなの。私ももうずいぶん長いこと実家には帰ってないわ。いろんな事があって忙しくて、とても実家に帰るような余裕がないのよ」
夏子は少し悲しそうに言った。
「それは誰だって同じだよ。だけど、時間があるのならば帰ればいい。時間が無いときに無理に帰ることはない」
「そうね」
夏子はそう言って、小さく頷いた。
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