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陽はずいぶんと西に傾き、空は赤くなりかけていた。
時計を見ると、五時を少し回ったところだった。
車は町を離れ、人気のない山の中を走っていた。
ぐねぐねと曲がった峠道だ。
助手席側は切り立った崖になっていて、ずいぶん下の方に小川のようなものが見えた。
夏子はそんな道を、ものすごいスピードで走った。
他にはほとんど車が走っていなかったせいもあって、ときどき前を行く車を追い越していった。
それは、とても安全な運転とは言い難かった。
もしもハンドルを切り損ねるようなことがあれば、僕達はきっと崖から落ちて、助かりはしないだろう。
たとえ少しの間、命が持ちこたえたとしても、こんな山の中では、まず助けはこないだろうし、そうしている間にも僕達の儚い命の炎は燃え尽きてしまうことだろう。
だけど、それも悪くない気がした。
むしろ、僕は心のどこかでそうなることを望んでいたのかもしれない。
はっきりと感じていたわけではないけれど、何となくそんな気がした。
あるいは、彼女自身もそのように思っているのかもしれない。
だからこんな運転を続けるのかもしれない。
もしかすると、彼女は心に決めた場所があって、そこでわざとにハンドルを谷底に向かって切り、僕と死のうとしているのかもしれない。
彼女の運転には、どことなくそのように感じさせる気迫のようなものが感じられた。
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