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僕は緊張しながらも、そっと彼女の肩に手を乗せた。
どれくらいの力を込めていいものかすらわからないので、ただ乗せただけだった。
本当のことを言うならば、この場でぐっと彼女を抱き寄せたかったけれど、僕にはそんなことをするだけの勇気はどこにもなかった。
彼女の肩に手を伸ばすことが、その時の僕にできる精一杯の愛情表現だった。
僕はあまりにも落ち着かなかったので、テレビのリモコンに手を伸ばし、電源を入れた。
画面には漫才師の姿が映し出され、軽快な漫才がスピーカーから流れてきたけれど、僕にはその漫才を楽しむだけの余裕もなかった。
「ねえ」
夏子が僕を見上げるようにして言った。
「どうしたの?」
僕は訊き返す。
「今、幸せ?」
夏子が心配そうな表情を浮かべて訊いた。
「幸せだよ。当り前だよ。愛する君とこうして一緒にいられるんだ。幸せでない理由がないよ」
「よかった」
夏子は安心したように胸を撫で下ろすと、視線をテレビの方に向けた。
僕達はそのまま、しばらく言葉も交わさずにテレビを見た。
そうしているうちに、僕の緊張感もだんだんとおさまってきた。
僕は勇気を振り絞って、彼女の肩に置いた手に力を込めて、彼女を抱き寄せた。
夏子は何の抵抗をすることもなく僕の胸に抱かれた。
そして、僕は半ば強引に彼女の唇に自分の唇を重ねた。
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