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「そうなんだ。でも嘘ではないわよ。本当にいい曲だと思うわ」
夏子はそう言って、更に言葉を続けた。
「だけど、驚いたのは進藤君がピアノを弾けるということね。だって、ほら、進藤君って体格がいいでしょ。柔道をしていたと言っていたし、どう考えても体育会系の見た目をしているから、ピアノが弾けるなんて想像もできないもの」
夏子はそう言うと、クスッと小さく笑った。
「小学生の頃、少しだけ習っていたんだ。本当に少しだけね。だからたいした曲も弾けないし、たいした技術もないから曲を作るといってもその程度の曲しか作れないんだ」
僕が言うと、夏子は、ふうんと言って小さく頷いた。
そして、夏子は再び視線を楽譜に戻した。
「ねえ、進藤君。この楽譜をちょっと借りてもいいかな?」
夏子は楽譜を眺めたまま、僕の方に視線を向けずに言った。
「別に構わないけれど、どうするの?」
僕は不思議に思って訊いた。
「ちょっとこの曲が弾いてみたくなったの。楽譜で見ただけでもいい曲だということはわかるのだけど、やっぱり実際に弾いてみないとわからない部分もあるしね」
「いいよ、持って行きなよ。だけど、実際に弾いてみたらがっかりすると思うよ。さっきから言っているけど、本当にたいした曲ではないないのだから」
「それでもいいのよ」
夏子はそう言って、楽譜を丁寧に折り畳み、自分の鞄の中にしまった。
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