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僕は何と言っていいのかわからず、とりあえず、「そうなの?」と訊いてみた。 僕のあまりにも思慮に欠けた発言に対して苛立ちを覚えたのか、夏子は鋭い目付きで僕を一瞥した。 「私はそれなりにどんな曲でも上手く弾きこなせると思っているし、感情を込めて弾くことだってできると思っているわ。もちろん、プロのピアニストにかなう程の腕ではないけれど」 夏子の言葉に、僕は黙って頷いた。 僕は夏子がどの程度ピアノを弾けるのかなんて知らない。 だけど、彼女は決して見栄を張るような性格ではないし、嘘を吐くような人間でない。 だから、夏子は本当に、相当のピアノの腕前を持っているのだと、僕は感じたのだ。 夏子は僕の反応などまるで無視するかのように、言葉を続けた。 「私はこれまでどんな曲を弾いても、それなりに自分の納得できる形に仕上げることができていたのよ。だけどね、あなたの曲を弾いていて、初めてそれが出来なかったのよ。もう、どうしたらいいのかわからないわ」 「そんなこと僕に言われたって困るよ。だって、僕には君の納得する形なんてわからないのだから」 僕は殆ど反射的に反論した。 そして、僕はすぐにその発言を後悔した。 今の興奮状態の夏子に対しては、むしろ逆効果となるように思われたからだ。 だけど、夏子はこれまでの興奮状態がまるで嘘だったかのように、冷静に反応した。 「そんなことはわかっているわ。だから、あなたに一つお願いがあるの」 夏子はそう言って、一瞬、不敵な笑みを浮かべてから、手を合わせた。
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