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夏子の住居は大学から十分ほどのところにあった。 僕のアパートとは比べ物にならないくらいの立派なマンションだった。 僕は自転車から降りて、彼女の住むマンションを見上げて、思わずため息を吐いた。 「すごいところに住んでいるんだね」 僕は言った。 僕の意思とは無関係に、自然と言葉が溢れ出してきたのだ。 僕の言葉を聞いて、夏子は小さく笑ってから言った。 「私の実家ってね、それなりにお金があるのよ。でもね、私はこんな立派なマンションに住みたかったわけではないの。ワンルームの普通の一人暮らしがしたかったのよ。だけど、父が見栄を張って、こんなマンションに住むことになったの」 「いや、だけど羨ましいよ。もしも僕の住んでいるアパートを君が見たら驚くんだろうな。本当にボロボロのアパートで、台風でも来たら壊れてしまうのではないかというくらいの家だから。現代において、あんなボロボロのアパートが残っていること自体が、僕自身でも不思議でならないよ」 「あら、そう? そういうアパートでの暮らしって、私は憧れるわ」 夏子は真顔で言った。 彼女が本気でそう言っているのだろうということは、僕にもわかった。 だけど彼女が実際に僕のアパートのような家で暮らすとしたら、たぶん一日でダウンしてしまうに違いない。 そう思うと、彼女の言葉が世間知らずのお嬢様のもののように思えて、思わず吹き出してしまった。 夏子は、何がおかしいのよと言わんばかりに、僕を睨み付けた。 だから僕は、込み上げる笑いを必死に抑えた。
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