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「ねえ、早速で悪いんだけど、弾いてもらっても構わないかしら。どの曲から弾くかはあなたに任せるわ」
夏子はそう言うと、僕に楽譜を渡してくれた。
「この部屋は防音設備がついていて音が漏れることはないから、安心して弾いていいわよ」
椅子に座り、楽譜を並べていた僕に向かって夏子は言った。
僕は黙って頷いた。
僕はどの曲から弾くかを考えるのも面倒だったので、上にあったものから順番に弾いていくことにした。
僕は曲を弾き始める前に、指ならし程度に鍵盤を触った。
僕の実家のピアノよりもずっと澄んだ、それでいて重みのある高級な音が響いた。
僕は一通り指ならしをしてから、僕の作った曲を弾いた。
最初は弱く、そしてゆっくりと。
やがて、クライマックスに近づくにつれて力強く、そして速く。
僕の意思とは無関係に、指が勝手に動いてくれた。
僕の指は、まるで僕とは別の独立した生き物であるかのように、鍵盤の上を走り、飛び、跳ね、そして舞った。
僕はただ指が動くのに任せて曲を弾いた。
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