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パティシエの憂鬱。
『いつか絶対俺が1番だって言わせてやる!』
そう言ったシガール・オゥ・ショコラ。
それ以来、俺が何をしていても絡んでくるようになった。
新しいスイーツのレシピが出て、習得に躍起になっていてもほっといてくれない。
一刻も早く仕事を終わらせたい。
その真意をアイツは分かっていない。
「……」
膨れっ面で厨房の隅に突っ立っている。
気が散るから目障りだ。
だが「どっか行け」とも言えない。
馬鹿なアイツはオレがそう言えば家出するに決まっている。
気になりつつも黙々と仕事を続ける。
スイーツに集中してしまえば周りの雑音も聞こえなくなるし、話掛けられても聞こえない。
それでもアイツの声だけは何故か聞こえる。
「もうちょっとで出来る?」
「分かってるなら聞くな」
話掛けられる度に集中力が途切れる。
溜息を吐きそうになりながら、それを飲み込む。
シガオはずっと俺の手元を見ている。
出来上がるのを待っているのだと思う。
「ふぁ…」
小さな声がして、新しいスイーツが産まれたのを確認する。
手の中にある小さなスイーツは俺をじっと見つめ、やがて微笑んだ。
「シガオ、オーナー呼んでこい」
「……分かった」
俺にそう言われて、シガオは厨房から出て行った。
「しがお?」
「ああ、アイツ。シガール・オゥ・ショコラ」
小さなスイーツが首を傾げて問うので、そう応えてやった。
「ぱちしえさん?」
「うん、俺がパティシエ」
宜しく、と小さな手に指を乗せた。
「おお、出来たか?」
と、声を踊らせオッサン(オーナー)が入ってきた。
後ろにはシガオが膨れっ面で立っている。
オーナーに何か言われたのかもしれない。
「ちっせぇ! こりゃまた可愛いコだな」
ちょこんと座る小さな花柚子のムースに向かい、オーナーは大人げなくはしゃぐ。
「花柚子のムース」
「おーなーしゃん、宜しくでしゅ」
「おう、宜しく。柚子姫」
オーナーは手の平に産まれたての花柚子のムースを乗せ、そのまま店のショーケースに連れて行った。
店にいるスイーツたちの説明とかをするんだろう。
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