パティシエの憂鬱。

3/5
前へ
/76ページ
次へ
「はぁ~…」  溜息を吐いて、椅子に腰掛ける。 シガオは待ってましたと言わんばかりに俺に駆け寄ってくる。 「お疲れ様」  そう言いながら背中から抱き着いてくる。 前は一層疲れたその行為が、今はただ癒しになる。 「疲れたよ」 「……もう『余計疲れる』って言わないんだね」  嫌味のように言われたので、手を退けた。 それなのにまた背中を覆うように抱きしめられた。  人の気も知らないで。 と、言いかけた言葉を飲み込んだ。 「疲れるよ、お前といるの」  椅子の背もたれにもたれ、顔を上に向けると、至近距離にシガオの顔。 じっと見つめていると、シガオの顔がニッコリと微笑む。 「なんで?」 「パティシエが自分の作ったスイーツに手出すワケにはいかねぇだろ」 「じゃぁ俺が他の誰かのモノになってもいいの?」 「それを俺が許すなら、お前はとっくに此処にはいない」  人には譲れない。 そのクセ、自分のモノにも出来ない。 矛盾、葛藤……。 そんなモノに捕われているのは至極疲れる。 「俺はアンタのモンだよ。とっくに……」  口づけると、酷く甘かった。 甘い甘い、俺のシガール・オゥ・ショコラ。 「だが俺はお前のモノにはならない」 「なんで?! ここまでしといて!!」 「自分が作ったスイーツは可愛いからな」 「それって自分の作ったスイーツとなら誰とでもするってこと?!」 「俺はそんなお手軽じゃない」  一目惚れしたスイーツ。 どうしてもこの手で作ってみたかった。 そして何処に出しても誇れるスイーツにしたかった。 (実際作ってみたら更に惚れて、結局何処にも出せないスイーツになった)  俺のモノだ。 誰にも譲らない。  シガオはフワッと微笑んで、それから一言。 「やっぱりアンタ、俺が好きなんじゃん!!」 「嫌いだなんて一言も言ってねぇだろ」 「じゃぁ好きって言えよ!!」 「だが断る」 「はぁ?!」  絶対に言ってやらない。 お前を好きだと思ってろ。 俺が好きだと言ってろ。 そしてずっと、俺の側に居ろ。 お前の甘さを知ってるのは俺だけでいい。
/76ページ

最初のコメントを投稿しよう!

22人が本棚に入れています
本棚に追加