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朝、小鳥の囀る音で麟は目が覚めた。開いた瞼はまだ重く、写る天井は白く、いつもの情景となんら変わりない。
麟の住む家は簡素なワンルームマンションの一室。何も入っていない小さな冷蔵庫と自らが使う事の無いキッチン。そして、シングルベッドと枕元に置かれた携帯電話。
まるで豚小屋だ。
麟が見慣れた部屋の情景を見て、毎朝思う事だ。麟は不快そうに眼を細めると、羽織ったパーカーを乱暴に床へと脱ぎ捨てる。下着姿になった麟が毎朝必ずする事がある。
それは-----
「一、私は人を一人しか殺してはいけない」
麟はキッチンテーブルに置かれた薄い手帳の見慣れたページを開け、そこに掛かれた几帳面を象ったかのような美麗な文字を読み上げる。
「二、私は死の危険を犯してはならない」
麟の毎朝行っていること。それは、一人の男とのたった三ページの偽りのようで正式な契約書を読み上げる事だ。麟にとって、これは契約に置いてもっとも重要な三つの内の一つ。因みに大まかな契約は三つしかない。
つまり、手帳に掛かれた内容以外の契約は無いという事だ。
「三、私は毎朝、この契約書を読み上げなければいけない」
麟はたった三つの契約によって結ばれている。いや、正式にはもっと別の契約かも知れないが、少なくとも麟が脳で理解出来る契約は、この三つだけだ。
「はぁ。何だって私がこんな……」
麟はつまらなさそうに手帳をキッチンテーブルに載せると、クローゼットにしまってあった赤色のパーカーと、裾の切られた黒色のスカートを取り出した。
麟の毎朝の行動は変わらない。こうやって、服を着替える時に麟はいつもふて腐れた子供のように口を尖らせて---
契約書なんて要らないのに。
と、思っている。
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