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朝。小鳥の囀る音で目が覚めた。瞳がやけに重い。視界に広がるのは見慣れた天井。そして、横には優しげに微笑む見慣れた黒髪の茶色い革ジャンを着た男。
「起きたかな?」
男は嬉しそうに笑みを浮かべ続けながら言った。いつも通りだ。
「朝から五月蝿いな。見れば分かるだろ」
麟はうっとうしそうに男を睨みつけると、寝返りをうち、男に背を向ける。パーカーがはだけ、下着や肌があらわになるが、麟にとってはこの男に裸体を見られても差ほど気にする事ではなかった。
なぜなら信頼しているから。彼は私の全てだ。全てに全てを隠す事なんてない。
そっぽを向いた麟の拗ねた子供のような行動に慣れているのか、男はただ微笑む。穏やかな日常の一片のようだが、麟や男の周囲に潜む闇は日常を逸脱している。それでも、男は当たり前の日常を送るように麟の元に訪れる。
「麟。はい、暖かいお茶とツナマヨおにぎり。一応三つ買ってきたけどいる?要らないなら置いとくけど」
男は麟の寝るベッドの傍らに座り込むと、枕元にお茶のペットボトルとツナマヨおにぎりを三つ綺麗に並べる。
「三つも要らない。二つでいい」
寝返りも打たず、麟は腕を伸ばし、出鱈目におにぎりを掴む。そして、おにぎりを乱暴に開けると、小さな口で一口、また一口とおにぎりを口に移していく。
男から麟の顔は見えない。だから、麟がどんな表情で食べ進めているかは分からない。
「美味しい?」
口に含んだ缶コーヒーを食道へと流し込み、麟の艶やかな髪を見ながら男が聞いてくる。
「別に普通」
素っ気の無い返事が返ってくる。仕切に動く口とは裏腹に、麟の言葉は凡そ大多数の人間が求めるような答えではなかった。だが、男には麟の返事の真意が分かる。
それは互いが互いを理解し、信頼を寄せているからだ。
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