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「あ?」
気のせい……だろうか? 今声が聞こえた気がした。
「靴磨きしましょう」
まただ。しかも真横から聞こえる気がした。俺は恐る恐る横を見る。
そこに居たのは、電柱に背を預け、靴磨きをするための道具を目の前に並べた怪しい者であった。何より、黒ずくめでピエロ面。中性的な声で性別がわからない。
札付きの俺すらも一歩退くような格好だ。
「脱獄したのでしょう? その汚ならしい靴では気分も晴れないのでは? 一回10円。脱獄記念に是非とも……」
「……お前もそっちの人間か?」
脱獄したのでしょう? 普通の奴ならそんなことは聞かないだろう。俺の独り言が聞こえた時点て警察に電話するなり逃げたりするなりが正常だ。
しかしコイツは―――ともかく、ピエロ面のコイツは何も反応しなかった。
「まぁいいや。やってくれ!」
ホームレスから奪ったこの靴は、かなり古びた革靴である。確かにこれから人と接する機会があるかもしれないので、見映えぐらいは良くしたい。なにより脱獄記念だ。
俺は10円を出す。ピエロ面は黒い手袋を着た手でそれを受けとると、手早く靴を磨き始めた。
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