微かな音 耳をすます。心の底で

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スクアーロはノックをする時、義手では絶対にしない。生身の右手で極々軽く小さな音を響かせる。 基本的に屋敷の扉や壁等は通常よりも頑強に作られていて、それは所謂有事の際の、言い換えれば防弾の為、と言うヤツだ。だからこの部屋の扉も分厚く、多少のノックの音では響かない。 痛覚のある生身の拳でノックするよりも、固い義手で大きな音を響かせてくれた方が分かりやすいのにと思うが、今まで一度も大きな音を聞いた記憶が無いのは、やはりスクアーロが右手で扉を叩いているからだろう。 漠然とそんな事を考えながら、ディーノは目の前に置かれたカップに視線を落とす。仄かな湯気と共にふわりと香るその中身はコーヒーで、少しだけミルクが入っているせいで柔らかな色合いになっていた。 「目分量で多めに煎れちまった」 それだけ言うとスクアーロは踵を返し、窓際に置かれたソファに腰を下ろす。見た目はシンプルだが、それなりに質の良いソファは彼の重みを柔らかく吸収して少しだけ軋み、耳に届いたその音が、意外にもこの部屋での閉塞感を払拭してくれる様な感覚に驚くが言葉にはせず、代わりにコーヒーの礼を告げると、軽く首を傾けて応える様子が見えた。 こう言う時のスクアーロはまるで猫の様だ。 物静かで存在感が希薄になり、色素の薄い灰銀の瞳はどこかを見ているようで、時折こちらに向くけれど、それでもその先にいる部屋の主を見ている様には感じない。柔らかなクッションに身を預け、流れて行く緩やかな夜の時間に身を沈ませるようにしながら、彼はカップに口を付ける。 一口、二口。そして三口目は味わう様にゆっくりと。 それに倣う様にディーノもコーヒーを一口含む。 「まだ寝ないのか?」 「まだ飲みきってねぇ」 目も合わせずに答えるスクアーロに、少しだけ笑いが込み上げる。 それでもこちらを見ようとしない彼を眺めながら、カップの中身が急ぎ足で空にならないよう、ディーノはゆっくりと口を付けた。
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