立ち去る君の背中に 印つければ僕だけが分かる

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執務室の扉にゴツ、と重い音が一度だけ響く。例えば硬い革靴の先で小突く様な鈍い振動音。だが聞こえる位置が扉の下方では無いせいで、当然音の出所は靴などでは無いと理解出来る。 今夜はどれだけその義手のノック音を耳にしただろう。 既に聞き慣れた音の後に扉が開き、僅か数時間の間に幾度もその姿を目にしている銀色の髪の男が部屋へ入って来た。 引き結ばれた薄い唇が言葉と言う音を発する事は無く、重厚な扉が静かに閉まる小さな金属音を背にしながら此方に近付いて来る。 デスクの前でその脚が止まると湯気の立ち上る新しいカップが目の前に置かれ、代わりに半分程減った、既に冷えている飲みかけのカップに黒い手袋が伸びたと思えば、僅か程も淀みの無い所作ですぐにトレイに戻されて行った。 スクアーロの視線が冷めたカップに落とされ、それからデスクの上に置かれた書類の上を素通りしてXANXUSの顔へと移動する。けれどそれはほんの一瞬の事に過ぎず、任務外のこの時間に隊服をきっちりと着込んだ姿はすぐに踵を返し、部屋から出て行った。 頼みもしないコーヒーを持って来る以外は特に煩く声を掛けて来る事もなく、ここまでは踏み込んでいい部分、それ以上は自身の意志のみでは不可の部分と、自ら線引きをしている。 こう言う時のスクアーロはまるで犬の様だと思う。それも只の飼い犬ではない、一分の隙も無く訓練された犬。
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