緑江最登は平凡に暮らしたい

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4月3日 春 公立天蘭高校では、入学式が華やかに行われていた。天蘭高校は県内では有名な進学校であり、日本一の大学に毎年数人の合格者を出している。大学進学率は95%を誇り、勉強熱心な学生が多く入学してくる。かといって、勉強一筋のガリ勉高校ではなく、運動面にも相当な力を入れている。成績は芳しくなくても、部活動に懸命に励む事で、人間的に成長できる、と言うスタンスである。実質、勉強と違い、成績に追われる事のないので、部活動に明け暮れる学生は普段よりも妙に生き生きしているようにも見える。そんなスタンスが巧を奏したのか、一昔前の話にはなるが、15年前には野球部が甲子園に出場している。【嶺岸進】擁する天蘭高校はあれよあれよと夏に頂点に達した。彼はプロに進み、現在は球界を代表する投手となっている。そんな彼の物語は、また別の機会に語れる事になるだろう。 歴史ある学校でもあり、今年で開校丁度100周年を迎える。伝統を重んじ、尚且つ勤勉や部活に励む、少々堅苦しいイメージを持たれているが、学校のOBなどからは「入って良かった」といった類の台詞がよく聞こえる。 簡単に言ってしまえば、良い学校なのである。派手な面白さはないが、荒れている事もない。県内では多くの受験生に憧れを抱かれる学校である。 その天蘭高校で、この日240人の新入生全員が主役であるイベント《入学式》が行われている。 その中の、西側から2番目の列、前から7番目に彼、緑江最登はいた。 彼は眠たげな表情を露骨に浮かべ、生欠伸を数回繰り返していた。幾度となく途切れる意識の中、彼はこの入学式が早く終わる事だけを願っていた。本気で寝そうになった時は、何度も起立の音頭で助けられていたが、校長の長話という強敵に遭遇し、それは睡魔と共に絶妙なコンビネーションで彼に襲い掛かって来た。 ―もうお終いだぁ…勝てる訳ないよぉ…。いや…弱音を吐くな俺。いくら辛いとはいえ、記念すべき入学式…今日ぐらいは起きていよう… いっそ寝てしまえば楽なのに、彼は変な意地を張り、強敵二体に挑み続ける。 ―勝てば経験値はどれくらいかなぁ…はぐれくらいくれるかなぁ…タブンネェ… 彼は寝ない努力として、懸命に色んな事を考えた。 約1分後、校長の話にようやく終着点が見え、ホッと胸を撫で下ろした。 しかし、長話で有名な校長は新しい話題に花を咲かせ始めた。 彼は絶望し、目を閉じた瞬間、彼の意識は途絶えた。 記念すべき入学式で彼は敗北の味を知ったのだ。
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