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雅人には、肝心なところで鈍感で、大切なところで踏み込まない、優しさという名の厚い壁があった。
イブキはそこに距離を感じてしまう。
(あ、あれ……?)
奥歯を噛み、目頭が熱くなったと思った瞬間、視界がじわりと霞んだ。
(ウソ……ウソウソウソ……私、泣いてる?)
手の甲で拭うと、確かに瞼の奥で涙が溜まっている感触とともに、目の端からは熱い雫。
(嫌……この程度で泣くなんて……!)
涙を流したことが情けなくて、余計に涙が出てきた。
膝を抱えこんで、わずかに震える体を背もたれに預ける。
ぎぃ、と椅子の軋む音一つ。
(こんなこと、誰に対しても、今に始まったことじゃありません。……慣れてるから、別にいいのです……)
答えになっていない答えで自分を納得させる。
以降、くぐもったしゃくりの声だけが、夜の部屋に静かに響き続けた。
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