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「えと、その、し、し……」
「し?」
シンデレラコンプレックス?
違うな、自分から会いに来てる。逆シンデレラコンプレックスかもしれない。
うーん、それだと、自分で言うとナルシストっぽいからやめよう。
ならシスコン……。つーか、なんでコンプレックスしか思い付かないんだ僕。しかもシスコンといっても現状にそぐわなすぎる。
「……心配だったんです」
と、尼守さんは言った。
「心配だったんだ。何が?」
「それは……」
俯く尼守さん。
まだるっこしいな、と思っていると、バッと、なにかを決意したように、彼女は顔をあげた。
「ひ、昼のことっ!」
「昼?」
「はい。昼、私が言ったことですっ」
「尼守さんが言ったこと……」
思い出してみる。
「『私偏食持ちだからお昼は別にしましょう』だっけ?」
「そんなこと言ってませんっ!」
「違うのか」
「ていうか、脚色を加えないでください!」
「ふーん。それにしても、音も立てずに滑落するとはすごいな。隠密美少女なのか?」
「び、美少女!?」
「ん、ああ……尼守さんはそっち系の素養はないのか」
「なんの話をしてるのかわかりません……。じゃなくて、話の軸をすげ替えないでくださいよっ!」
ずいい、と接近する尼守さん。
すごい。こんなに大声を出しても我が家の住民は一人として目を覚まさない。
眠りが深いのだろうか。夜中に地震が起きたら確実に逃げ遅れそうだ。
「わ、私は、ややや、八城井くんに、つ、つつ、付き合ってくださいって言ったん、で……す、よ」
後半は顔を真っ赤にして、声もどんどん小さくなりながらだった。
付き合う、だって。
「…………」
顔を赤くしたまま、しかし、判決を待つ容疑者のような張りつめた表情の尼守さん。
僕は、その真意を図りかねた。
付き合うって、まあ、確かに、そんな意味合いもあるんだろうけど、でも、そうだとしても、僕らは今日会ったばっかりだし、張るべき伏線も、通るべき出来事も、全くなかったのだ。
ほんの二三時間の、有って無いような関係──会ってないような関係だ。だから、何が正解か、というのはわからない。むしろ、間違いくらいしか、僕にはわからない。
間違い。
それはおそらく、彼女がここに来たこと。
「えーと、尼守さん」
彼女を気遣うふりをしながら、僕は言った。
「熱、あるんじゃないの?」
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