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その馬車を、デロスは町で一度目にしていた。馬車は、今デロスたちが乗っている、荷物運搬用のものとは違い、大型で屋根のついた、交通用の車であった。かなり古い型で、車輪が回る度にギシギシと音をたてていたが、それでもまだまだ現役らしく、中は満員、外側に張りついて乗る者さえいるほどであった。
デロスとエルマは、その馬車には乗らなかった。
デロスとしては、人混みに紛れてしまう方が、危険も少なくてよかったのだが、エルマがまだ力を抑える術を知らない以上、衆人の中では逆に面倒が起こる可能性が高かったし、何か妙な気配が一人、その中に乗り込んでいるのを感じたからだった。
その気配は、エルマを狙う人間のものではないように感じられたが、どこか不気味で、わけもなく不安にさせる何かがあった。
今この状況で唯一引っ掛かるのは、遠くの馬車の中にひそんでいる、その妙な気配の存在だった。
「何か見えますの? エルマちゃんのお兄さん?」
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