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「君か。」
坂本縁は凛とした様子で立っていた。
扉を少し開けたままその姿を確認する。
「入るよ。」
彼女は僕の意見を聞く気も無い様に、顔を伏せながら無理矢理家に押し入った。
特に止める気力も沸かない現状、力無く彼女の後ろを着いて行くしか無かった。
「これ、東京土産」
僕が先程まで突っ伏していた机にポン、と土産の入った袋を置く。
声が、震えている様に聞こえた。
そして僕の方向を見る。
目に涙が今にも溢れんばかりに涙を溜めていた。
「なんだよ。」
苦笑気味に言葉を投げ掛ける。
何故君がそんな顔をするんだ。
「泣きたいのは、僕だよ」
そう言うと彼女は僕に抱き付いてきた。
一瞬、あまりに一瞬だった。
気が付けば僕は床に押し倒されていて、彼女の顔が真上にあった。
涙が、僕の顔に零れる。
彼女は、何かとんでもない事をした子供の様な顔をしていた。
彼女はユカリ君、ユカリ君と狂った様にその言葉を連呼した。
「ボクは、ボクは、ボクは…」
彼女の顔が次第にクシャクシャになっていく。
僕の上にいる彼女の服を通しての体温と、彼女が零す涙のその熱さに、僕はただ、ただ生きているという事を実感していた。
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