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しかし、和也の話を聞いても知可子の反応は薄かった。本当に和彦の小説と呼んでも良いのか悩んでいる様子であった。
収拾のつかない雰囲気の中、知可子が泣きだしてから下を向いていた和彦が顔を上げ、真剣な面持ちで知可子に声をかけた。
「知可子……、俺……」
「そう。そうよね……。あれはやっぱり、和彦の書いた物よね……」
しかし、それを遮るように知可子が、咽びつつも涙を拭いて声をしぼりだした。その調子には、和彦のつけいる隙などなかった。
「和彦のよ……」
知可子は自分に言い聞かせるように、何度も呟いた。そう自分に信じさせるために。彼女が和彦の小説のファンであるが故の結論であった。
「……。……そういうわけだから、和也も連れていって良かったら行ってやる」
少しの間をおいて、和彦はまるで何事もなかったかのように、いつもと変わらない飄々とした口調で言った。それは無理であろうと勝手に決めつけて、自信満々に。
まず、和也が嫌がるであろう。そして、知可子達も見知らぬ人物の登場は望まないであろう。そうなれば、自分は行く必要がなくなるであろう。完璧な作戦だ。知可子を泣かせたことは本当に悪いと思っているが、合宿に行く気は全くない。
しかし、この時和彦は、和也の心に芽生えていた知可子に対する恋心に気付いていなかった。それが、和彦の完璧な作戦の誤算であった。
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