第二章 出発

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      1  彼女は自殺をしていない。  男は確信している。  彼女は自殺なんてする娘じゃない。  彼女の死から一月以上経った今、男の心にあるのはその考えだけだった。  男が確信しているからといって、その考えが正しいという根拠があるわけではないし、正しいかどうかも判らない。  彼女は誰かの手で……。  しかし、彼女の死後、最愛の人を失ったという絶望感と、自分のせいで彼女が死んだのだという罪悪感等で、苦しみばかりの毎日を過ごす男にとってその考えは、あまりに居心地が良かった。そして、その居心地の良さは次第に男にとって麻薬のようなものになっていった。  殺されたのだ。(……俺じゃない)  毎日、その麻薬の快楽にふける男の心は、次第に歪な変化を遂げ、狂気的なものに変わっていった。  彼女は自殺をしていない。(俺が悪い訳じゃない)  その一つの考えは、狂気と化した男の心の中で確信へと進化し、その確信が、殺意を生んだ。  犯人を殺さなければ。  さらに殺意は一つの使命感のようなものへ変化を遂げ、最後に殺意を向けるべき、犯人を生んだ。  狂気の生み出した男にとっての真実。  しかし、狂気が生んだだけに、男にとっての真実が本当の真実を生んだとしても、何ら不思議ではない。
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