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「もしかしてこっそり持ってきてて、自殺する前に海へ捨てたのかも」
名奈志さんが力ない笑いと共に言った。その笑みには、現実から逃れようとする思いが込められているのが感じて取れた。しかし、その意見も知可子さんが首を振って否定した。兄はワープロなんて持ってきてないという意味だ。
知可子さんは先ほどから一点を見詰めたまま、身動き一つしないでいた。まあ、仕方ないと言えば仕方ない。最愛の兄が殺人犯であった上に、死んでしまったのだから。
知可子さんの心の傷が埋まる日は来るのだろうか。僕は今の知可子さんを見ているのが心苦しかった。動機を知っていたのなら、孝司さんを見逃しても良かったのではないか? 兄貴にそんな疑問すら抱いていた。
孝司さんを殺した張本人、兄貴はというと、小説を読み終えてからは、目を閉じて腕を組んだままである。
また暫くの沈黙。クーラーの音がやけに気になる。
「まさか」
その長い長い沈黙を破ったのは意外にも、兄、和彦だった。
「孝司に予知能力があったとはな」
兄は、いつものおどけた口調で言ったが、それが誰もの神経を逆撫でした。
「和彦! ふざけないで!」
知可子さんは、やはりまったく目線を変えずに兄を怒鳴りつけた。しかし、それでも兄は止めない。
「冗談で言ってるつもりはないが」
「ふざけるのもいい加減にしろ!」
続いて西涼さんが机を叩いて大声をあげた。鬼気迫る形相で兄を睨み付けている。
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