第二章 出発

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      2  早朝の京都。さすがに新聞配達も始まる前の時間帯とあっては、昼夜は最も賑わいを見せる四条通でさえも、しらふの人を見つけるのは困難なほど人の気配はまばらである。日中は京都中の学生がいるのではないかと錯覚してしまうほど人や車が多いので、ある意味もっとも京都が京都らしい静けさを取り戻す時間帯だ。  さて和彦達の住むアパートは、この東西にはしる四条通と、南北にはしる大宮通との交差点、四条大宮を十分ほど上がっていくとある。(すなわち、大宮通を北へ向かって進むという意味。京都では、北に行くことを上る『あがる』、南に行くことを下る『さがる』と言う)最近とみに不要な近代化の進むこの辺りにしては、まだ少しは古風な町並みの残る地域であると言えよう。修学旅行のメッカ、二条城がすぐ近くにあり、アパートの前から北を向けばその一部が目に映るほどの距離だ。もっとも、道が真っ直ぐだから見えるということもあるだろうが……。とにかく、そんな二条城のうかがえるアパートの前に今、和也と和彦はいる。今日から「ポートアーサー」へ行く二人のことを、車で迎えに来てくれる知可子を待つためだ。  前面に、劇画タッチで書かれたゴリラ……『通称男前ゴリラ』の顔が大きくプリントされた黒のティーシャツに、ジーンズを履いているのが、兄、和彦。アスファルトに座り込み、横では小さな革のトランクが、彼にもたれかかっている。  その和彦の隣で、同じく前面に、スプレーで壁に書かれた悪戯書きのようなプリントの入った白いティーシャツに、ジーンズを履いているのが、弟の和也。アパートにもたれかかり、黒の馬鹿でかい旅行鞄とモスグリーンの手提げバッグを、アパートと体との間に置いている。  まだ辺りは暗く、普段から気味の悪いアパートが、住んでいる当人達でさえも実は何か恐ろしいものが潜んでいるのではないかと思うほど薄気味悪く見える。そんな不気味なアパートの前で、薄明かりの中佇む同じ顔の人間二人は、差し詰め妖怪館の番人と言ったところか。
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