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自分が命を失うと同時に、彼の子供の命すら奪ってしまう。自分は、最愛の人から大切なものを奪うことしか出来ないわけだ。これから自分が何をしても、それは彼にとって、嘆き悲しむための思い出となってしまうのだから。
そんな思いに駆られる美津子の心中は、焼けただれた皮膚のようにドロドロと、グロテスクなものとなっていた。
「さて……そろそろ行こうかな……」
美津子は瞳から溢れる最後の涙をぬぐい取ると、歩を進めだした。
……さて、人には魔が差すということがある。ある一つの欲求のため、完全に周りが見えなくなり、悪事を働いてしまうことだ。
例えば、どうしても欲しいものがあって、何の罪悪も感じずにそれを盗んでしまったり、嫉妬や怒りから、つい人を殺してしまったり、深い深い悲しみから、ふと自らの命を絶ってしまったり……。
とにかく、この日このマンションで、一つの魔が差した。
遠藤美津子は、宙を舞った。
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