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「これ以上、私の体が癌によって蝕まれていくのが堪えられません。御父様。御母様。御兄様。妹。そして、大学で面倒を見て下さった方々。更には、私にかかわって下さったすべての皆様。今まで、有り難う御座いました。そして、すみません。本来なら、この最後の御手紙だけは手で書きたかったのですが、筆を取ろうにも腕が震えて字を書くことができません。そのため、文字に感情のでないワープロを使用しました。
皆様。そろそろお別れです。この手紙が皆様の手に届く頃、私はもうこの世にはいないでしょう。先立つ不孝を御許し下さい
美津子 」
パイプベットの頭に置かれたライトが灯す薄明かりの中、男は腰をおろしている床から目の前のテーブルに手紙を置いた。部屋にある他の電気は全て消えている。
この手紙が届いたのは、五日前。彼女……美津子が死んでから二日後のことだった。男が最初に最愛の女性、美津子の死を知ったのは、更にその前日に遡る。
最初はテレビのニュースだった。
男は、彼女の病のことを聞かされてからというもの、眠れぬ夜が続いていた。その夜も男はなかなか眠れず、朝方まで、布団に入りながらテレビを眺めていた。そうしているうちに男はうとうとしてきて、ふと気が付くとテレビの画面は広大な草原風景から、テレビ局内のスタジオ風景に変わっていた。少しの混乱の後、男はいつの間にか眠ってしまっていたことに気付き、一晩中点けっぱなしになっていたテレビを消そうとした……瞬間であった。
男は愕然とした。
画面に映し出される、見慣れたマンション。右下に殴り書きされた「女子大生の自殺。癌告知の悲劇!」という文字。そして、見慣れているはずなのにまるで全然知らない女性に見える、彼女の笑顔と名前。
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