第一章 刑務所への招待

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       1  「ピンポーン」  二日酔いの男の頭に、チャイムの電子音が響いた。近くの公園から押し寄せる蝉時雨にも拘わらず目覚めなかった男であったが、チャイムの音にはすぐに反応した。  男は布団の中から枕許の時計に目をやる。  午前十時半。  薄明かりの中、真っ赤な目覚まし時計で時刻を確認した男は、昨日同居人と遅くまで飲んでいた記憶を呼び起こす。  同居人の方が「寝る」と言いだし、座布団代わりにしていた布団に潜り込んだのがたしか……、四時頃だ。とすると、昨日は六時間は眠ることができたようだ。あ、四時なら昨日ではなくて……。  男はそんな下らないことを考えながら暑苦しい布団を蹴飛ばすと、酒の残る重たい体を起こして、まずは自分の着ているものを確かめる。  白のハーフパンツに、襟のくたびれたこれまた白のティーシャツ。  よし、十分。  男は自分の姿がテレビの放送に耐えうるものだと確認すると、何日前に着たのか判らない服を着たまま、何日前に脱いだのかすら判らない服の山を踏み分けて玄関へと向かう。  男が服の山の五合目くらい(約一歩)に差し掛かった辺りで、台所から「頼む。出てくれ」と声が聞こえてきた。同居人の方は既に起きているらしく、声のした場所と調子からして、決して得意とは言えない料理に、悪戦苦闘していることが判った。  男は今からしようと思ってることを先に言われたので、無性に腹が立った。だが、チャイムの電子音が責め立てるので、仕方なしに命令に従う。  玄関を開けると、前には長い髪の女が立っていた。  男の眼は近視と呼ばれるほど悪くはなかったが、寝起きで視界がぼうっとしていたのが手伝ってか判るのはここまでで、女が一体誰であるのかはすぐには判断できなかった。  「ちょっと、早く開けなさいよね」  女は男の顔を見るなり文句を言った。しかし言葉に怒気はなく、どちらかと言えば朝の挨拶代わりといった口調であった。  しかし、言われた男の方は顔をしかめている。  「あの……どちらさんでしょうか?」  男から予想外の応えが返ってきたので女は最初、男が冗談を言っているのだと思った。何故なら、寝癖だらけで少々普段とは髪型が違うものの、彼女は玄関に出てきた男のことをよく知っているし、男の方も彼女のことをよく知っているはずだからだ。
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